「障害者」として生まれて手にしたギフト

本日、お客様から、「加藤さんはなんでこの仕事についたんですか?」との質問をいただきました。

せっかくなので、この場をお借りして、お応えさせていただきます。長くなってしまいますが、ご興味のある方、良かったらお付き合い下さいね。

THIS IS YOUR LIFE.

さて、当サロンにこんなポスターが飾ってあるのは、お気づきですか?

ある会社の社訓(マニュフェスト)です。

日本語訳:

“ これはあなたの人生です。

自分の好きなことをやりなさい。そして、どんどんやりなさい。

何か気に入らないことがあれば、それを変えなさい。今の仕事が気に入らなければ、やめなさい。時間が足りないのなら、テレビを見るのをやめなさい。

人生をかけて愛する人を探してるなら、それもやめなさい。その人は、あなたが好きなことを始めたときにあらわれます。考えすぎるのをやめなさい、人生はシンプルです。

すべての感情は美しい。食事を、ひと口ひと口味わいなさい。新しいことや人々との出会いに、心を、腕を、そしてハートを開きなさい。私たちは、お互いの違いで結びついているのです。

自分のまわりの人々に、何に情熱を傾けているのか聞きなさい、そして、その人たちにあなた自身の夢も語りなさい。たくさん旅をしなさい。道に迷うことで、新しい自分を発見するでしょう。

ときにチャンスは一度しか訪れません。しっかりつかみなさい。人生とは、あなたが出会う人々であり、その人たちとあなたが作るもの。だから、待っていないで作りはじめなさい。

人生は短い。
情熱を身にまとい、自分の夢を生きよう。”

障害者として生まれて

さて、突然ではありますが、私は、ある障害を持って生まれました。身体のある一部が欠損し、奇形として生まれました。障害者手帳も持っております。

生まれた時は、生きるか死ぬかの瀬戸際だったらしく、仮に上手く生き延びたとしても、言語障害などが残ると医者から言われていたそうです。

こう話すと、「 今の健康的な加藤さんからは想像できない!! 」 と言われます。

確かにそうですよね・・。

生きるか死ぬかで生まれた人間が、総合格闘技を10年間やるわ(黒帯です!!)、仕事でトレーナーになるわ(約10年間!!)、ベンチプレスで100kg持ち上げるわ(今は、無理!!)、どう見てもイメージできないですよね。

それでも、生まれてからこれまでに、大きな手術を4回経験しました。生まれてすぐに2回と、高校生と大学生の頃にそれぞれ1回。口の中を何十針も塗ったり、顎を削ったり、顔にチタンを埋め込んだり、流動食で一ヶ月過ごしたりと、ハードな手術でした。

まあ、大変だったと言えば、大変だったんですが、それよりも、ハードだったのは、いじめや偏見・差別。

 

小学生の頃、からかわれるのはしょっちゅう・・・。 大人になってからも、障害者という理由で当時付き合っていた彼女の両親に交際を反対されたり・・・などなど。肉体的な痛みよりも、精神的な痛みや葛藤のほうが、ハードでした。

しかしながら、鈍いのか天然なのか、へこたれることなく、なんとか乗り越えて大人になりました。

母親との対話のなかで

大人になり、ある日の夜、母親から、「「なんでこんな身体で産んだんだ!!」 とあなたが、一言も口にしなかったことは、本当に偉いと思ってるし、感謝してる 」と言われたことがありました。

 

それを聞いて、びっくり。いい子ぶるつもりは全くなく、そんなことこれっぽっちも思ったことがなかったらからです。

むしろ、とても感謝しているぐらい。自分が生まれたのは、両親が25歳の頃だったから、その当時を考えると、本当に大変だったんだろうなあ、、と心から思います。

 

今は、自分がアラフォーだから思えるのですが、25歳ってまだまだ若造ですからね・・。そんな頃に・・・・ まあ、感謝でしかないですね。

 

お陰様で両親との関係性はこれまで極めて良好です。母親と連絡を取り合いますし、時々、お茶やご飯に出かけます。父親は、寡黙で頑固なので、あまり会話はありませんが、それでも、関係性は良いと思っています。

 

なぜ、自分は障害を持って生まれてきたんだろう

数年前、ふと、「なぜ、自分は障害を持って生まれてきたんだろう」と考えたことがありました。これまで、不思議とそんなことを考えたことなど(特にハードだった日々の頃は・・)一度もなかったんですが・・・。

で、気づいた訳です。いろいろと。

気づいた後、あまりにも気づくのが遅かったんで、自分自身にツッコミを入れたほどです。「遅っ!!」と。

そして、何に気づいたのか・・

 

「 健康のありがたさ 」

月並み過ぎでびっくりされるかもしれませんが、とっても大切な発見でした。生まれてこの方、病院や薬、入退院を繰り返しているので、子ども心ながら、自分は何歳まで生きれるんだろうな、とも思ってみたりして、「健康」について考える機会はたくさんありました。

 

不思議と思われるかもしれませんが、病院のベットの上で、顔中がぐるぐる巻きの包帯だらけで、おしっこもチューブから出す状況の中で、窓から外の景色を見ながら、「健康だなあ」と思っていました。

 

また、この障害だけでなく、不注意というか、性格というか・・・社会人になってからも、ヘルニアになったり、鬱になったりと、それはもう、病院と薬と切り離せない人生を過ごしてきました。


そして、ようやく気づいた訳です。これだけの経験(自分にとってはですが)をしたのだから、「健康」を人に伝えるのが自分の生まれてきた役割であり、天職なのでないのだろうかと・・・。

 

そして、もう一つ何に気づいたのかというと・・

 

言葉にするのも照れくさいのですが、「愛」です。

先の話で、自分は両親に感謝していて、両親から無条件の愛を注いで貰えたという実感があります。これを疑いもなく、子どもの頃から感じることができていたのは、やっぱり「障害」のおかげなんですね。

そう思うと、障害が自分の人生に与えてくれたギフトは「天職」だったり、「愛」だったり、大きすぎて手に余る程です。

 

つい先日も、人から勧めて貰ったある本にこんな事が書かれていました。

「 生まれつき奇形であるのは、ほとんどの場合、その人が無条件の愛を学ぶためにあるのです。

自分自身に対する無条件の愛、また家族に対する無条件の愛を学ぶためなのです。

奇形のからだの中に素晴らしい魂が宿っている、ということを家族に教えるために、あえてそのようなからだに宿って生まれてきたからなのです。」

 

大人になり、転職を繰り返し、今、この仕事につくようになって、この文章の意味が分かります。子どもの頃に聞いたとしても、全く意味は分からなかったでしょうね。

 

勝手ながら、私は、お客様のことを家族のように思って接していることがあります。余計なお節介なのかもしれませんが、そのような関係性が自分にとっては自然なんですね。

 

先日も、「加藤さんのサロンは、ただ治して貰うという場所ではなくて、なんというか、第2の家みたいな、そんな不思議な感じなんですよ。」と言って貰えました。

 

そして、これもまた不思議なことなのですが、自分が提供しているチネイザンという施術についてなんですが、師匠からは「 チネイザンは相手をまるごと包みこむ「愛」の施術なんだよ 」という教えを受けております。

 

大げさかもしれませんが、この施術とは、出会うべくして出会った施術なんだな、と思っております。


障害者として生まれ、大きな手術を4回経験し、鬱になり、ヘルニアになり、社会人になってから、7回も転職し・・・自分でも、右往左往してきた人生だと思っています・・。

 

が、ようやく今のこの仕事が残りの人生をかけて向き合う仕事なんだという確信があります。

 

まだ、愛と身体との関係性については、上手く言葉でお伝えすることはできませんが(これを伝えることが、自分の今後の課題だと思っています)忙しいとみなさん、どうしても自分の身体と向き合おうとせずに、身体や心をないがしろにしてしまうことが多いと思います。

 

そうした方に対して、少しでも身体と向き合い、身も心も充実して、人生を過ごすことができるようになってもらうための、サポーターになれたら、という思いで、この仕事をしています。

 

そう思っていたら、偶然ながらも、昨日、お客様からこんなご感想を頂きました。

 

「 いろんな体の不調、精神的な疲れ等に対して、真摯に向き合っていただけるサロンです。症状そのものよりも、その本質的な原因を指摘していただけますし、なにより自分の身体に向き合えるようになれます。そういう方向へ導いていただけるサロンです。 」

 

明日で4周年を迎えるのですが、とても大きな励みとなりました。ご感想を下さったKさん、ありがとうございます。

 

振り返ってみると、今の仕事は、偶然や不思議の積み重ねで、導かれるようにして、いまにたどり着いたと思っています。

 

よって、お客様の質問、「加藤さんはなんでこの仕事についたんですか?」にお答えさせていただくのであれば、「 御蔭様で・・ 」 という思いです。

 

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

最後に、社訓の話に戻ります。

 

「 人生は短い。情熱を身にまとい、自分の夢を生きよう。」

 

この記事によって、微力ながら自分のサポートが必要な方とつながるきっかけになり、また、今、自分の人生に不安を感じ、焦っている方にとって、少しでも励みになれば幸いです。

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加藤仁基(KATO HIROKI)

加藤仁基(KATO HIROKI)

大学院を卒業後、人の健康を支援したいという思いから医薬品業界に就職するも、ハードワークからヘルニアや鬱を患う。 身体と心の調子を崩し、薬を服用、病院通いをした経験から、 薬や病院からの健康支援に疑問を感じ、セラピストの道へ。 2013年7月「Cocokara」OPEN。 1日限定4名の腸セラピーサロンとして、30~40代の女性のお客様から支持され、ご来店の約8割が「紹介」と口コミで広がるプライベートサロン。 『対症療法ではなく根本療法』を理念として、腸から身体と心の健康をサポートしている。

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